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アルゴールの城にて [ブック]




一つの力がハイデとアルベールを互いに相手の方へと押しやり、二人は長い時間、危険なさし向かいのまま、手近な森の中に姿を消し、埋没してしまう。森をくぐるこうした当てもない散策が、たちまち二人ともに、取返しのつかない魅惑を及ぼした。そのときハイデは、世界が一瞬ごとに彼らの結び合わされた足音とともに死んでは目覚め、自分の生命がそっくりそのまま軽々と揺れて、アルベールの腕にぶら下がっているような気がするのだった。
だが、そのような忘我の瞬間の後へ、すぐに一つの不安が続く。血液のすべてが彼女のうちでうごめいて目ざめ、動脈という動脈を途方もない熱で満たし、まるで一本の真っ赤な立木が森の天上的な木陰にその小枝をひろげたかのようになる。彼女は不動の血の柱と化し、異様な苦しさに目ざめる。自分の血管がもはやこれ以上は一瞬たりとも、アルベールの腕に触れるだけで身うちに猛り狂って跳ね上がるこの血液の烈しい湧き上がりを抑え切れないような――そして血はまさにほとばしり、その熱い火の矢で樹々にしぶきかかろうとしているような気がする一方、自分の両肩の間に死の短剣が突き刺さっているかのようにその冷たさに捉えられる。そういうとき、彼女はおののきとともにアルベールの腕を離れ、彼の足もとの苔の上に身を横たえ、腕を曲げて顔をかくしながら、なおもその目の奥に圧倒的な敗北を読み取られまいとする。

祝・岩波文庫化(2014.01.16)
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アルゴールの城にて
20世紀フランス文学において特異な存在感を誇るジュリアン・グラック(1910―2007)のデビュー作。舞台は海と広大な森を控えてそびえ立つ古城。登場人物は男2人と女1人。何かが起こりそうな予感と暗示――。練りに練った文章で、比喩に比喩を積み重ね、重層的なイメージを精妙な和音や不意打ちの不協和音のように響かせる。

そして、再読でもあります
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アルゴールの城にて
白水Uブックスでは、「小説のシュルレアリスム」という題目の1冊でした

以前、迷宮作家としてド・クインシーを紹介しましたが、グラックの迷宮も相当の難所です
ド・クインシーが故意に脇道に逸れて行くのに対し、グラックの特徴は上記紹介文にもあるように「比喩」
想起するイメージは鮮烈で、それを敢えて重ねることで多元重層世界を構築しています
でも、そのイメージ群は、現実にはあり得ないもので…例えば、引用した文中の「真っ赤な立木」とか「不動の血の柱」とか「熱い火の矢」とか
さらには…

全身をゆだね切ったその相手から一瞬ごとに命を引き延ばす奇蹟を引き出す姿で、彼女は彼の前に身を休め、あるときは溶けた金属の塊が、波のようにうねって支え切れない自分の胸から灼けつく熱さで生まれて来て、われとわが肉の空洞を焔の液体の流れで満たすかと思い、またあるときは自分の身がそっくりそのまま信じられない軽さで浮き上がって、青く遙かな空の方へと、まるで頭上高く梢の間にうがたれた鮮烈な光の井戸に吸われるように、吸い上げられて行く気がする。身のうちでこれほどに生命が爆発するので、さながら自分の体が炉の熱にあぶられて桃の熟れたように割れ、皮膚がその分厚さはそのままに引き剥がされて太陽に向けてそっくり裏返り、赤い動脈のすべてから愛の焔を干上がらせてしまうような、さらには最も秘められた肉までが同じく自分自身の奥底から引き剥がされてぴくぴくと痙攣するぼろ切れとなり、無数の襞を畳んだまま血と焔にはためく旗のように、太陽に面と向かって、前代未聞の、これ以上はあり得ない、恐ろしいほどの赤裸々さで、ほとばしるかのような思いがする。

「溶けた金属の塊」とか「炉の熱にあぶられて(割れた)桃」とか「引き剥がされて太陽に向けてそっくり裏返(った皮膚)」とか「ぴくぴくと痙攣するぼろ切れ」とか
こういった過激で生々しい比喩を使う人は、他には見当たらない
…ああ、でも一人いましたね、サド侯爵
サドの描く拷問、処刑場面でこういう描写が出て来たような…もちろん、彼の場合は比喩ではなく、突拍子もないことを(物語上で)実際に執行しちゃう訳ですが

人里離れた古城、そこに男女一組の訪問客、深い森、見捨てられた礼拝堂、枝々の穹窿に覆われた遊歩道、城の秘密の抜け道など、ゴシック・ホラー的な素材を散りばめて展開されるドッペルゲンガー物語の顛末は…

彼(エルミニアン)は長いこと自分の若かりし頃を思い、自分がアルベールと知り合って、二人の間にあの口に出せない絆、その滑り結びが今夜二人を絞め殺し、一つにしようとしている絆が、織りなされた頃を思った。二人がまだほんの子どもだったとき――そして神学上の最もわかりにくい、最も間違いやすい問題が当時の彼らを異様な情熱で惹きつけていたとき――アルベールはエルミニアンを、自分の呪われた魂と呼んでいたものだ。

今日の1曲
Mounqaliba (Another Fine Day Brixton Dub) 「写し鏡」 / Natacha Atlas
http://www.youtube.com/watch?v=hHB12IG3QgM
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写し鏡
ドッペルゲンガー・ジャケットです(笑)

なお、文庫本表紙カバーのカットには、クリムトの「期待」が使用されています
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