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中原中也 沈黙の音楽 [ブック]




 冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても蜜柑(みかん)の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。

あゝ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。
(「冬の長門峡」第三次形態。初出「文学界」昭和12年4月号、『在りし日の歌』所収)

この詩のなかから音は聞こえてくるだろうか。「長門峡に、水は流れてありにけり」とあるが、その音は凍りついたように、聞こえてこない。「寒い寒い」が第一連と第六連に繰り返され、またその詩句が第6連で「寒い寒い 日なりき」というふうに、一字アキを置いた上で「日」につながっているとき、わたしたちはそこに、言葉も周囲の音も、凍りついているとみなす作者の心を読みとる以外にない。「あゝ! ――そのやうな時もありき」というふうに、「あゝ!」の下を一字アキにして、さらに二字分のダッシュ(――)を置く。「あゝ!」という声を孤立させる処理だ。そのように、声の余韻も残さないようにしたとき、作者は完璧に、現在を過去(在りし日)にしてしまったのである。
文也が亡くなる一か月前に書かれた「言葉なき歌」とほぼ同時期の作品「一つのメルヘン」(初出「文芸汎論」1936年11月号、『在りし日の歌』所収)には、「今迄流れてもゐなかつた川床に、水は/さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……」とある。「一つのメルヘン」の水音は、光の粉末のように飛び散り、たとえそれが沈黙の音楽であろうと、かすかに、さわやかなイメージで聞こえてくるよう仕組まれていた。
しかし、「冬の長門峡」での水は、「恰も魂あるものの如く」流れてはいるが、その流れはそのまま、凍りついたように凝固している。だから水音を立てない。「やがても蜜柑の如き夕陽、/欄干にこぼれたり」とあるように、夕陽も蜜柑のような固まりであって、それが欄干に「こぼれる」のである。光も凝固しているのだ。
作者は同じ日に完成させた未発表詩篇「夏の夜の博覧会はかなしからずや」で、激しく動く心の状態をそのまま描き、次にそれを反転させて、季節を冬にし、そこでの静止状態の心の画像を描いた。そのとき選ばれた舞台は、彼が最も愛した故郷の峡谷であった。そこで酒を飲む自らの姿を、シルエットのように描いたのである。詩のなかの無音(沈黙)は、ここに凍りついて極まっている。中原中也自身が「死児」になったように。
わたしたちが中原中也が亡くなる前年、1936年(昭和11年)に書かれた詩を読むことができるのは、ここまでである。「夏の夜の博覧会はかなしからずや」と「冬の長門峡」を書き終えた後、彼の精神状態は極度に不安定になった。高度の精神衰弱に陥ったのである。

中原中也は、粗野で自己主張が強く(父親に向かって「天才を持つ親は仕合せですよ」と言い放つ)、また外見も異様で黒いマントに黒いソフト帽の元祖Man in Black (諸井三郎曰く「一目で芸術にうつつを抜かしているとわかるような格好」)でキャラ立ちまくり、そのためうちのブログにも何回か登場してもらっています
ただ、取り上げるのは「奇怪な三角関係」(長谷川康子を巡る盟友小林秀雄との諍い)ばかり
詩人としては、アルチュール・ランボーの二番煎じとみなして正当な評価を怠っているのでは…と猛反省し、購入を決めました
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佐々木 幹郎 「中原中也 沈黙の音楽」 岩波新書
揺れ動く作者の精神
揺れ動く言葉の軌跡
中原中也はいったいどこにいるのだ?

著者のあとがきによると、本書は「生きていた中原中也をこの手でつかむように目の前に浮かび上がらせたい」との思いで書かれたそうで、では、その具体的な方法はというと、「創作行為のダイナミズムは、作者が一篇の作品を完成させるまでの推敲過程のなかにあらわれる。それらはすべて自筆草稿のなかに閉じ込めれている」との信念のもとに、丁寧にそれらを解凍させ、あり得たかもしれない、いくつもの中原中也像を立ち上がらせることに成功しています

過去記事より
汚れつちまつた悲しみに……
永遠
シェキナベイベー
ルイズ・ブルックスと「ルル」

この人の訃報を忘れていました
謹んでご冥福をお祈りします
ベイ・シティ・ローラーズ アラン・ロングミュアーさん死去
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(英ロックバンド「ベイ・シティ・ローラーズ」ベース奏者)英メディアによると2日、英スコットランドの病院で死去、70歳。
主に70年代に活躍した同バンドを弟のデレクさんらと創設。バンドはスコットランドの伝統的なタータンチェックの衣装がトレードマークで、「バイ・バイ・ベイビー」「サタデー・ナイト」などのヒット曲で、アイドル的な人気を集めた。

今日の1曲
映画「ボヘミアン・ラプソディ」大ヒットにケチをつけるつもりはありませんが、クイーンはアイドルではなかった
アイドルなら、やはりローラーズです
It's A Game 「恋のゲーム」/Bay City Rollers 1977年
https://www.youtube.com/watch?v=kIYvi7pDPjs
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