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dark child [ブック]




杳子は深い谷底に一人で坐っていた。
十月もなかば近く、峰には明日にでも雪の来ようという時期だった。
彼は午後の一時頃、K岳の頂上から西の空に黒雲のひろがりを認めて、追い立てられるような気持で尾根を降り、尾根の途中から谷に入ってきた。道はまずO沢にむかってまっすぐに下り、それから沢に沿って陰気な灌木の間を下るともなく続き、一時間半ほどしてようやく谷底に降り着いた。ちょうどN沢の出会いが近くて、谷は沢音に重く轟いていた。
谷底から見上げる空はすでに雲に低く覆われ、両側に迫る斜面に密生した灌木が、黒く枯れはじめた葉の中から、ところどころ燃え残った虹を、薄暗く閉ざされた谷の空間にむかってぼうっと滲ませていた。河原には岩屑が流れにそって累々と横たわって静まりかえり、重くのしかかる暗さの底に、灰色の明るさを漂わせていた。その明るさの中で、杳子は平たい岩の上に躰を小さくこごめて坐り、すぐ目の前の、誰かが戯れに積んでいった低いケルンを見つめていた。

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古井由吉「杳子・妻隠」新潮文庫

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杳子は深い谷底に一人で坐っていた。

以下、2020年2月28日付朝日新聞からです。
古井由吉さん死去 内向の世代「杳子」「栖」
日本の純文学作家の最高峰の一人で「内向の世代」を代表する古井由吉(ふるい・よしきち)さんが18日、肝細胞がんで死去した。82歳だった。葬儀は近親者のみで営んだ。喪主は妻睿子(えいこ)さん。
 東京生まれ。空襲を受け岐阜に疎開、終戦を迎えた。東京大学でドイツ文学を学び、20代は金沢大学や立教大学で教えながら翻訳もてがけ、作家になった。
 1971年に「杳子」で芥川賞を受賞。個人の内面を重視する「内向の世代」の代表格となる。80年「栖」で日本文学大賞、83年「あさがお」で谷崎潤一郎賞、87年「中山坂」で川端康成文学賞、90年「仮往生伝試文」で読売文学賞、97年「白髪の唄」で毎日芸術賞と主要な文学賞をほぼ受賞。その後は賞を辞退した。
 東日本大震災の後、2011年4月から1年間、仙台で被災した作家佐伯一麦さんと朝日新聞で往復書簡を続けた。熱烈な競馬ファンで、日本中央馬会の機関誌にエッセーを連載した。芥川賞の選考委員を86年から務め、05年に辞任後も朗読会や講演会などは積極的に行い、後進を育てた。12年には集大成となる「古井由吉自撰作品」(全8巻)を刊行した。

今日の1曲
ラッシュのドラマー、ニール・パートもお亡くなりになりましたね
(全然つながりませんが)お二人のご冥福を心からお祈りします
Time Stand Still「タイム・アンド・スティル」/ Rush
https://www.youtube.com/watch?v=dMSFqXGZ5TQ
20200229.jpg
ホールド・ユア・ファイアー

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コメント(2) 
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コメント 2

sknys

デビュー当時、編集者に連れて行かれた新宿の小さい酒場に「作品を敬愛する古井由吉氏がおられ、私は舞台の観客になったような気持ちでした」と皆川博子(1930-)は懐旧しています。

「澁澤龍彦と皆川博子は、たった二歳違い──同世代じゃないか」東雅夫
「鳥肌が立つほどに、凄まじい」綾辻行人
「トリッキーであり、技巧的であり、面白すぎて禍々しくて美しく、なおかつ知的で人間への洞察に溢れている」恩田陸
「部屋で一人興奮して、「すごい」 の一言を繰り返すしかなかった」三浦しをん
「現代日本で風太郎に匹敵する作品を書いているのは、皆川博子だけだと、掛け値なしにそう思う」日下三蔵

「敗戦後、突然、俄に、いっせいに、人間の命は何よりも大切だと、騒々しく叫びだしたのだ。民主主義。反戦平和。人命尊重。嘘つけ」皆川 博子
by sknys (2020-03-09 19:36) 

モバサム41

sknysさん、コメントありがとうございます。
皆川博子…知らんかった(笑)
お恥ずかしい限りです。
by モバサム41 (2020-05-11 20:05) 

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