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1900年の女神たち [ブック]




彼女はふたたび仰向けに寝て、前の晩シェリがなげ散らかしたもの、暖炉のうえのソックスや小机のうえの小さなズボン下やレアの胸像の首にかかったネクタイなどに目をとめた。いかにも男臭いこの乱雑ぶりに、彼女は思わず微笑みをもらし、大きな目をうっすらと細めた。さわやかな青い色の目は栗色の睫毛にいまだにたっぷりとおおわれていた。レア・ド・ロンヴァルことレオニー・ヴァロンは四十九歳になっており、気っ風のよい性格のおかげで、華々しい恋の破局やら気高き恋の悩みといった苦い人生経験を積むこともなく、いつのまにかしっかり年金を蓄えた遊び女の何不自由ない余生を送っているのだった。自分の生まれた年を彼女は隠していた。しかし欲情を満たされた女の余裕あるまなざしをシェリに注ぎながら、あたしもちょっとは自分を甘やかしてもよい歳になったのだから、と述懐することはよくあった。整頓された室内、贅沢なリネン、熟成したワイン、工夫を凝らした料理を彼女は好んだ。ブロンドの若い娘だったころにはひとにちやほやされ、円熟してからはスキャンダルもおこさず、いかがわしい立場に陥ることもまく、金に困らぬ裏社交界(ドゥミ・モンド)の女として生きてきた。

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コレット 『シェリ』 岩波文庫
五十歳を迎えようとする元高級娼婦(ココット)と、彼女からシェリ(いとしい人)と呼ばれる、親子ほども年の違う若者との息詰まるような恋…ですが、この作品の出版直後、文壇の重鎮アンドレ・ジッドは「始めから終わりまで、一箇所といって、軟弱なところ、冗漫な文章、陳腐な表現がない」と絶賛
通俗大衆小説の量産者としてそれまで黙殺されてきた、スキャンダラスな女流作家コレットが、純文学から初めて公認されます

でも…実は、『シェリ』はあくまで前振り(笑)
今回紹介したいのは、こちらです
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ゴメス・コレクション 100年前のヨーロッパ
第1巻 1900年の女神たち
ミロ美術館初代館長であったホアキン・ゴメスの、19世紀末から20世紀初頭にかけての“ベル・エポック(美しい時代)”と呼ばれた時代の膨大な工芸印刷物のコレクション
この第1巻では、その中から、華やかな熱気の中で生きていた女性の写真が紹介されています
当時、ヨーロッパではポストカードが大流行
それらは、焼き付けられた写真に、1枚1枚、直接、手彩色を施されたものでした(カラー写真の登場は1935年)
“ベル・エポック”という時代の持っていたポジティヴさを、100年前の女性たちの「美しさ」の中に見つけてください

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ヌヴォーテ劇場1901年12月公演のポスターをデザインに使ったポストカード
当時スペクタクル(大衆舞台芸能)は爆発的な人気を持っており、サラ・ベルナールなどのエトワール(=スター)が君臨していました
なお、カードの余白には「こんなんだったらなあ」という、どこかの誰かさんのため息が書き込まれているそうで…昔も今も「願望」は同じなのかもしれません

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「この花を送ります」
童女もどうじょ

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Woman in Red
「女性は天性の演技者と言われてきたが、それはむしろ当然のことと言って良い。なにしろ役者としての場数の踏み方が違うのだから。」

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「モード(流行)の波に乗ること、なおかつどこかで意外性を出すこと、あるいは独自のスタイル(様式)を通すこと。そこには自己表現のすべての要素がある。要は、自分をいかに光らせるか、ということなのだ。」
100年前だというのに、ずいぶんモダンな顔立ちです

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タンゴを踊る(不自然な)カップル

読者サービスです
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彼女は知恵と工夫の女神アテナか、クレオパトラの護衛兵、それともアマゾネスか?

こちらも…
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キュートな贈り物…といった趣きです

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「ベル・エポック後は“古き良き時代”と呼ばれるように時代そのものが華やかなイルージョンにつつまれていた、そんな時代だった。それは写真やポストカードにとっても確かに、一つのベル・エポック(美しい時代)だった。今にして想えばそれらはまるで、伝説の中に咲いた幻の花々のようであった。人々は何をしてよいかわからなかったために、逆に何でもやろうとした。」
どことなくケイト・ブッシュ似の女性

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誰も見つめていないのなら
海はもう海ではない。
by ジュール・シュペルヴィエル
エキゾティックな美女です

そして…
再び会うことができました
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裏社交界(ドゥミ・モンド)の女王様
ずばり「美女(ラ・ベル)」と呼ばれた女優カトリーヌ・オテロ
別名は「自殺のセイレーン」です

彼女とも再会です
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クレオ・ド・メロード
オペラ座の花形バレリーナ
彼女をとりまく幾多の伝説が、イルージョンとしてその美貌に一層の輝きを添えました

カトリーヌ・オテロとクレオ・ド・メロードについては、以下の記事もご覧ください
ベル・エポックの肖像

著者谷口江里也氏の巻末のエッセイもとても興味深く読めます
「万華鏡の中のベル・エポック」
1 リバプールを遠く離れて
2 私の中のユビュ〈ジャリとユビュ王〉
3 ラファエロ前派同志同盟
4 無数の日々の中の一日
5 私たちに残された無数の方法

今日の1曲
Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」/ The Beatles
上記エッセイの中でも取り上げられています
それは、まるで草花がいっせいに芽を吹くような、「何かが始まる時代」だった…そうです
リバプールからビートルズが出現し、単に音楽の領域にとどまらない一大ムーヴメントを引き起こしたときも、それに近い状況だったのでしょう
http://www.youtube.com/watch?v=7gwg_d3XZ5A
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サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド


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