SSブログ

「阿片常用者の告白」再読 8周年記念リイシュー版 [ブック]




8周年記念再発の第一弾はこれです
オリジナル作品は、2008/06/04の発表でした
それでは、いざ、迷宮、多元重層世界へ

*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***

壁づたいに這って行くと、一筋の階段があるのに気づく。その階段を手探りしながら登ってゆくのは、ピラネージその人だ。さらにもう少し階段を登ってゆくと、突然ぷっつりと切れていて、手摺りもない。この突端まで昇りつめたピラネージにはもう進める一歩の階段もない。進むとすれば、眼下の深淵に真っ逆さまの憂き目に遭うよりほかはない。哀れなピラネージはどうなるのか。いずれにしても彼の労苦はどうやらここで終わりを告げることになるに違いない。
piranesi.jpg Piranesi 'The Drawbridge'

いや、いや、眼を上げてもっと高い所にある第二の階段を見てみ給え。そこにはまたもやピラネージがいる。この度はそれこそ深淵のすぐ縁に立っているではないか。さらに眼を高く上げて見給え、またまた空中高く一筋の階段が懸かっている。そして、またもや哀れなピラネージが、上へ上へと憧れ登ろうと懸命になっているのだ。上へ上へ、終には未完成の階段とピラネージは、諸共に館の天井の暗闇の中に飲まれてしまう。

…というわけで、迷宮作家ド・クインシーの『阿片常用者の告白』です
モバサム41認定の必読本の1冊です
だけど…内容全く覚えちゃいない(今から20年近く前に岩波文庫の田部重治訳の旧版で読んだのですが)ってことで、新訳本(野島秀勝訳)にチャレンジしてみました
…とは言ったものの、読み進めるのに一苦労
ド・クインシー独特の文体は、さすがに曲者です
コウルリッジはド・クインシーの気質について「切々としていながら遅々としており、あまりにも正確さを期して混乱し、筋が通っていると同時に迷宮的」と評しましたが、これはそのまま彼の文体にも当てはまります
彼の美文調の告白に聞き惚れそのまま素直に従っていると、いつの間にやら辺りを暗い影が覆い始め道も途絶えて、ここはどこ?
突如乱入してくる妄想や幼年期の夢…トラップを潜り抜けながら進んで行くのは、なかなか難儀です
『阿片常用者の告白』続編の『深き淵よりの嘆息』では、あっさり自白、しかも誇らかに断言しちゃってます
『阿片告白』の真の目的は、「無味乾燥な台木の周りに釣鐘草や様々の花を纏わりつかせて這い登る寄生木(やどりぎ)のような思想や感情や余談にこそあ」り、「それらの脱線余談の諸々の主題にまつわる尽きることなき興味によって、その語り口が如何様のものであれ、それ自体としては無にも等しい取るに足らぬ挿話にも――栄光の輝きを添えるであろう」と
トラップは避けずに道に迷ってあげるのが正解なようです

PIC00002.jpg
(左)阿片常用者の告白
(右)深き淵よりの嘆息 『阿片常用者の告白』続篇

ド・クインシー得意の絶頂、阿片賛歌をどうぞ ↓

嗚呼! 公正、霊妙、偉大なる阿片よ! 貧しき者、富める者いずれの心にも、その決して癒えることなき傷、その「精神を反逆へと誘う苦痛」を和らげる香油を齎らす者よ。雄弁なる阿片よ! 力強き雄弁をもって怒りの炎(ほむら)を掠め取るものよ。罪ある者には、一夜、その青春の希望を取り戻させ、血塗られたその手を浄め、誇り高き者には、
 不正を正されず、侮辱の恨みを晴らさざる
無念を暫し忘れさせ、冤罪に苦しむ者には勝利の喜びを与えるために、夢の大法官府法廷に偽りの証人を召喚し、その偽証の化けの皮を剥ぎ、不正な裁判官どもの判決を覆す者よ。――汝、闇の奥に、頭脳が生む怪奇な形象を素材として、フィディアスやプラクシテレスの芸術をも凌ぎ――バビロンやヘカトンピュロスの壮麗にも優る都市や神殿を築く者よ。そして「夢見る眠りの混沌から」、久しく忘却の淵に埋もれし麗人たちの顔容(かんばせ)を、「墓の穢れ」を浄められ祝福されし家族の面影を、日の光の中に呼び戻す者よ。汝こそ、これらの贈り物を人間に与える唯一者。汝、楽園の鍵もてる者よ。嗚呼、公正、霊妙、偉大なる阿片よ!

誰も覚えていない…というか、鼻から真に受けちゃいないと思いますが、予告してあった新旧翻訳対決は、メンドーなだけなので中止とさせていただきます
旧訳版
PIC00001.jpg
ディ・クインシー 阿片常用者の告白

なお、念のために言っておきますが、阿片は『阿片告白』発表当時禁断の薬物ではありませんでした
19世紀には阿片は「鎮痛剤」として多用されており、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの妻エリザベス・シダルが大量摂取によって死亡(自殺?)した事件なんかが有名です
『阿片告白』の解説によると、ド・クインシーの同時代ロマン派はほぼ全員阿片を用いており、例えば、シェリーはメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィンを愛し、妻ハリエットと別れる苦しみのさなかで、いつも阿片チンキの瓶を持ち歩いていたし、異母姉オーガスタ・リーとの近親相姦を妻アナベラから疑われたバイロン卿も、常にサド侯爵の『ジュスティーヌ』と、それから「黒色の液体」を容れた薬瓶を所持したそうです
ロマン主義を毛嫌いしたあの天才少女作家ジェイン・オースティンでさえ、幼いころに寝つきをよくするために母から阿片を処方されたということです

今日の1曲
ラヴリー・リタです
(Your Love Has Lifted Me) Higher And Higher 「ハイヤー・アンド・ハイヤー」/Rita Coolidge
http://jp.youtube.com/watch?v=b_QflHztmgo&feature=related
rc'.jpg
あなたしか見えない~グレイテスト・ヒッツ
Your love is liftin' me higher than I've ever been lifted before...

P.S.
『深き淵よりの嘆息』の解説(もはや解説とは言えないかもしれません)も、なかなか読み応えがあります
ド・クインシーの果てしなき妄想が、訳者に感染してしまったのか…ランボーの「錯乱」、ワーズワースの「時の核」、フロイトの「無意識」、プルーストの「プチット・マドレーヌ」、デリダの「痕跡」などが、ド・クインシーに見事に連なります

P.S.2
ド・クインシーと澁澤龍彦、つながりそうでつながらないと思っていたのですが…
澁澤は、ヨーロッパ旅行中にド・クインシーの『タタール人の反乱』仏語訳を愛読していたそうです(澁澤龍彦回顧展より)


コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。