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美少女人形フランシーヌ [アート]



 哲学者ルネ・デカルトには奇妙な噂がつきまとっていた。彼はつねづねフランシーヌという名の、見たところ五歳位の少女の人形をトランクに入れて肌身離さず持ち歩いており、クリスティーナ女王の招きに応じて海路スウェーデンに渡るときもこの人形を船室に持ち込んで、さながら生ける者を相手にするように話しかけたり身の回りの世話を焼いたりしていたというのである。たまたまドアの外でささやき声を耳にとめた船長がデカルトの留守に船室を調べて見ると、そこには薄気味の悪い少女人形がガラスの眼玉をパッチリ開いて寝かせられているではないか。と、折から荒天が起って船ははげしくローリングしはじめ、あわや沈没するかに見えた。これこそはあの悪魔の作った人形の呪いにちがいないとばかり、船長が哲学者の船室からフランシーヌを持ち出して海中に投げ捨てると、嵐は嘘のようにピタリと凪いだという。     
          種村季弘「少女人形フランシーヌ」(『怪物の解剖学』所収)より
 
時のない国で、永遠を生きている。

四谷シモン―人形愛
2000.8.23-9.10 小田急美術館
人形は、「機械仕掛の少女 1」1983年

チケット

人形は、「少女の人形」1993年

カタログ

人形は、「機械仕掛の少年 2」1984年

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして ここ ここはどこ?
どこなの? どこなの?

遠い旅のあげくに
わたしは わたしたちは いま ここに立つ
木製のリブと真鍮製のリブとが危うい連繋を
辛うじて保ち
声のない絶叫は大聖堂に満ち
仲間を求める白い手首が青い手首に向って
蟹のように
ひたむきに這い寄っていく

わたしは誰? 誰? 誰? だれなの?
そして あなた
わたしを わたしたちを造ったあなた
創って かく在らしめたあなた
あなたは誰?

誰も答えない 誰も――

空漠たる天の砂漠の一隅
磨き上げられた天河石板の碑の表面に
いったんは押捺され
徐々に薄れていく巨きな巨きな神の(神の?)指紋
          入沢康夫「旅するわたし」(『遐い宴楽』所収)より

ポスト・カード

天使―澁澤龍彦に捧ぐ」1988年 メタルのフレームに

こちらは、既出ですが

(左)「天使―澁澤龍彦に捧ぐ」1993年と(右)前掲「少女の人形」1993年 アクリルのペアフレームに

【機械仕掛けの神 deus ex machina】
観念論者バークレイは「モノは知覚されることによって存在する」と考えた。だが、こうすると、私が一人いる部屋のネコは、私が目を閉じた瞬間存在しなくなり、目を開けた瞬間にまた存在を始める、という奇妙なことになってしまう。そこで、彼は「神の心の中の知覚」に映っている限りネコは存在すると主張した。この場合の「神の心の中の知覚」のように、困難・問題を解決するために、都合の良いように引っぱり出される人・モノ・観念を「機械神」または「機械仕掛けの神」という。名の由来は、ギリシア劇において、劇の筋がどうにも解決できなくなると、天井から「神」を宙吊りに降ろして「神の命令」として都合の良い解決を与えたことによる。

エコール・ド・シモン 四谷シモン人形学校 入学案内

デミウルゴス(造物主)養成学校です

今日の1冊
デカルトでもバークレイでもなく、これです

ド・ラ・メトリ/人間機械論 岩波文庫
唯物論者ド・ラ・メトリは、人間の精神の神秘性、魂の神由来説を徹底的に否定しました

今日の2曲
Tin Man 「魔法のロボット」/America
Sister Golden Hair 「金色の髪の少女」/America
Tin Manとは、「オズの魔法使い」に登場するブリキのきこりのことです
 Oz never did give nothing to the Tin Man~♪
 That he didn't, didn't already have~♪

(左)ホリデイ (紙ジャケット仕様) 1974年
(右)ハート (紙ジャケットC仕様) 1975年

生身の舞踏家が人形に劣るのは、まず前者が自意識の気取りのために運動の重心を本来の重心とは異なる場所に移してしまうのにたいして、純粋な物質である後者は人形の操り師に正確に重心を操られているので、重力の法則に完全に忠実でいられるからである。第二に、しかもそれでいて、人形には反重力的な運動が可能である。操り師が上から操る「空中に昇らせる力が、大地に縛りつける力より大きい」のだから、「舞踏を妨げる特性たる物質の慣性」とは無縁に、妖精のように軽やかに動くことができる。要するに、自我とは誤れる中心以外の何物でもなく、人形にとっての操り師(メカニスト)に等しい人間にとっての神――ユング風にいえば「人格のもう一つの中心」――が見出されなければ、失われた優美はふたたび立ち帰らず、第二の無垢の楽園を発見するという望見は叶えられないのである。
          種村季弘「自動人形庭園」(前掲『怪物の解剖学』所収)より

P.S.
夏季省エネモード突入ってことで、適当に仕上げてみました
買い物を忘れても夕食の準備をしなければならない主婦の大変さが、(ちょっとだけ)わかった気がします(笑)

「人形愛」なんていうと格調高く聞こえちゃうかもしれませんが、その今風の進化形態は「2次元愛」だもんな…

こちらの記事もどうぞ
四谷シモン「人形愛」



コメント(2)  トラックバック(0) 

コメント 2

sknys

モバサム41さん、こんばんは。
この記事「美少女人形フランシーヌ」はシンクロニシティ90%ですね^^

澁澤龍彦が「スーパー・インテリ」と呼んだ種村季弘氏の
アクロバティックな文章のファンだし、
〈四谷シモン ── 人形愛〉にも行ったし、
サイド欄にシモンが案内する澁澤邸の映像(YouTube)を貼りました。

「人形」との出会いはリカちゃんでも、ベルメールでも、
シモンでも、土井典でもありません。
中学生の時に読んだ『夢魔の標的』のクルコちゃん。
『わたしの人形は良い人形』とか‥‥人形=ホラーのイメージなんです。

球体関節人形、人体解剖標本、ミイラ
‥‥昨今の婦(腐?)女子の皆さんは大好きみたいですが^^;
by sknys (2007-07-16 00:50) 

モバサム41

sknysさん、コメントどうも。
当然、このシモン展には行ってらっしゃると思ってましたよ。

種村は独文なんで澁澤(仏文)ほど読んでないです。

私の人形との「第一種接近遭遇」は、もちろん怪獣ソフビです。
あと、球体関節ならGIジョー(なんて知らないかな?)
ホラーのイメージもありますね。
「バーバレラ」なんかで、無数の人形が口をカーッと開いて迫って来るやつ。つまり、人形=拷問の道具です(笑)
 
婦女子の皆さんが興味を持ってくれるのは大歓迎なんですが、筋は通してねってのは時々感じます。
例えば、「印象派」と「ラファエル前派」両方とも好きってのは許せない(笑)
by モバサム41 (2007-07-17 00:42) 

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