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親指Pの修業時代 [ブック]




過去記事「セバスチャン

遥子は選ぶことをとてもたいせつにしていた。物事を押しつけられるのが嫌いで自分のことはすべて自分で決めコントロールしたいと話していた。友達も生きかたも厳しく選んだ。選んだものには熱中したが、選ばなかったものは存在しないも同然で一瞥も与えなかった。そんな彼女だから、人から選んでほしかったのだろうか。私とも互いに選び合った友達でありたいと望んでいたのだろうか。
私は遥子の決断力と行動力には感心したが、選別の冷徹さが怖かった。
「そんなに潔癖に取捨選択しないで、もっと余裕を残しておけばいいのに。」
「選ばないでいる余裕がないのよ。」
「その調子で選び続けて行ったら、最後には何もなくなっちゃうんじゃない?」
何気なくそう言った時、遥子は虚を衝かれたように私を見返した。やがてとても寂しそうな表情になったのも憶えている。結局彼女は死ぬことを選んだ。予言したつもりではなかったのに、本当に何もなくなってしまった。
遥子が自殺して、彼女がかけがえのない友達であったことを私は強く意識している。友達になるきっかけをつくったのは遥子の方だとしても、私だって無意識のうちに彼女を選んでいたのだ。私は私なりに彼女を大事にしていたのだが、それを伝えきれなかったのが口惜しい。いったいどうすればわかってもらえたのだろう。改めて苛立ちと悲しみが込み上げる。
正夫や遥子への罪悪感だけが私を悩ませたのではない。選ぶことを学んでしまった自分の先行きが不安だった。自分が遥子のように自殺したくなるとは思わない。だが、何かを選べば何かを捨てなければならなくなる。春志を選んだ私は、春志以外の物事への関心が急速に衰えて行くのを感じている。そして、春志がもし私への興味をなくしたら、と想像すると、どうやって生きて行けばいいかどころの話ではなく、想像だけで眼の前が真っ暗になる。選ぶということは自分を追い詰めるということだ。なぜこんな恐ろしい行為を始めたのだろう。

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松浦理英子 「親指Pの修業時代 」 河出文庫
丸善ジュンク堂限定!! リクエスト重版です
帯に書かれた店員さんのコメントも転載しておきます
上巻 「この小説なくして90年代は語れません。これを読まない人とは、どんなに親しくなっても心の深い部分で絶対につながれないのではないか。そんな気すらしておりました。
下巻 「小説ってこんなにも自由なんだ!と驚かせてくれる作品。松浦理英子の小説はいつだって「常識」を、うつくしいくらいあっけなくひっくり返してくれる。」

今日の1曲
ストーンズの「サティスファクション」にインスパイアされて書かれた曲です
Uptight (Everything's Alright) 「アップタイト」/ Stevie Wonder
https://www.youtube.com/watch?v=meIl8_Ca-90
「盲学校で嫌と言うほど弾かされたショパン。」
春志は「ノクターン」を弾き始めたが、しだいにリズムが変わり、彼の得意なブギ・ウギ・アレンジのショパンになってしまう。
「僕はこのリズムがいちばん好きだな。」
しばらくピアノから離れそうもないので、私もそばへ行き、トレーニング・マシンのベンチに腰を下ろす。春志が弾きながら声をかける。
「話したっけ? 僕を和製スティーヴィー・ワンダーとしてデビューさせようという話があったんだよ。」
春志は曲を変え、「アップ・タイト」をうたい始めた。普段話す時の甘い声と歌声が随分違うのに私は驚いた。うたうと春志の声は力強くハスキーになる。スティーヴィー・ワンダーの声には似ていない。十代のスモーキー・ロビンソンの地声に似通った声だ。目を閉じると春志とは別の人のそばにいるような心地に陥る。新しい発見に胸がときめいた。

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スティーヴィー・ワンダー・グレイテスト・ヒッツ

今回も切れ味抜群の文章は健在でした
テーマも果敢に「冒険」していたと思います
ただ、ちょっと気になったのは、説明が過多かな…という点
観念的な小説なので「饒舌」はやむを得ない部分はありますが、解釈はあくまで読者に委ねても良かったのでは…という気もします
あとがきによると、P関連三部作を予定していて、さらにPの後にはCについても書くとのことで、ますます「過激」な展開が予想されますが、もちろん大いに期待しております

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ゲーテ 「ウィルヘルム・マイステルの徒弟時代」 全3冊 岩波文庫

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ゲーテ 「ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代」 全3冊 岩波文庫

重厚長大ビルドゥングス・ロマンは、今ではすっかり読まれなくなってしまいました
その前提となる楽観的な進歩主義(経験を積んで成長していくという考え方)が崩壊してしまったのかも知れません
個々人はいくら経験を積んでも成長などしない(成長するのはゲームの主人公だけ)し、その総体である人類も歴史を積み重ねても愚かな争いを止めない、ただ殺し合うだけ…ということを皆気づいてしまったのでしょう


コメント(2) 
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コメント 2

sknys

遅ればせながら「セバスチャン」を読了しました。
アヒルを襲うネコを悪者として描く松浦理英子はイヌ派ですね。
「親指P」の次は「犬身」を読みましょう。

明日の1曲
The Stooges / Iggy Pop「I Wanna Be Your Dog」
by sknys (2018-04-18 21:08) 

モバサム41

sknysさん、コメントありがとうございます
そこに注目ですか?
同じ獣(けだもの)同志ですから仲良くしましょう

by モバサム41 (2018-04-24 01:15) 

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