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「なんとなく、クリスタル」再読 [ブック]




文庫本新装版が出たと聞き、購入しました

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(左)新装版 なんとなく、クリスタル
(右)旧版 なんとなく、クリスタル

カヴァーが変わっても、中身変わらず(誤植もそのまま)、ただ、「唯一無二」と題する高橋源一郎の解説が付加されただけ…という代物でしたが、久しぶりの「なんクリ」ワールドは、案外楽しめました

なんクリの一番の特徴は、中身の薄い本文に対し、膨大な注釈が付いていることで
実は、その二重構造、二層構造のうち、本体は注釈の方であることに私も初読時から気づいておりました
ただ、どうにも気になって仕方なかったのが、視線の揺らぎ
二層目の注釈については、中の人(?)である物語作者の立場で書かれているはずなのに、オネエ言葉で誰が喋ってんだか釈然としないものがあったり、あるいは、作者に戻るのを忘れ主人公の女子大生「由利」の視点で書かれてるものがあったり(例えば、注の321とか)
逆に、一層目の本文の方でも、突然由利がアヴァンチュール相手の男の子に向かって次のように語り出したり
「クリスタルなのよ、きっと生活が。なにも悩みなんて、ありゃしないし…(以下省略)」
物語の肝に当たるようなことを主人公が平然と語り始めちゃっていいのかよと、思わず目が点に
作者が勢いあまって物語内に乱入、思わず得意げに説明してしまったのでしょうが、小説としては致命的…と感じたものです

では、なぜ再読を?と突っ込まれるかも知れませんが…
それは、解説担当の高橋さんから聞いていたからです
なんクリは、実は、三層構造、長ったらしい注釈が終わった直後の三層目にクライマックスが待ち受けている、と
で、それは何なのか
225ページに442番目の注「ディオリシモ」があって、そのページをさらにめくると…
唐突に現れるのが、人口問題審議会「出生力動向に関する特別委員会報告」と「五十四年度厚生行政年次報告書(五十五年度厚生白書)」
そして、そこに示されているのは、将来における少子高齢化の進行と社会保険料の上昇(ただし、現実には、この予測以上にいっそう悪化)
つまり、なんクリで描かれた風景は、一瞬の輝きであって、そのすぐ先には没落が迫っている…という冷徹な予告が書き込まれていた!
私を苛立たせた作者の妙な饒舌も、最後の1ページに置かれた「ただの現実」へ読者を正面衝突させるための巧妙な仕掛けだったのかも知れません

向かい側のマンションから、ムッシュー・ニコル(21)の袋を持って、髪形をサイド・グラデェイションにきめた(22)男の子が、アーシー(23)な色のレイン・ブーツ(24)をはいて出てくるのが見えた。
雨は、当分の間やみそうにもなかった。

――イッツ・イレヴン・トゥエニイセヴン。アンドゥ・ヒア・カムズ・ポール・デイヴィス。

一九七八年のポールデイヴィス(25)のヒット曲、「アイ・ゴー・クレイジー」(26)が、かかり始める。
<アイ・ゴー・メランコリー(27)、アイ・ゴー・グルーミー(28)だわ>と思いながら、ベッドの下に落ちているセーラム(29)の箱を拾い上げてみる。枕元にあったディスコのマッチで、火をつける。
深く吸いこんでみると、メンソール(30)の味が肺の中へひろがってくる。でも、相変わらず気分はたまらなくグルーミーなままだ。
昨日ディスコへ行ったせいか、随分とよく眠ったのに、ブワーンという感じの軽い耳鳴りがまだ残っている(31)。

21 ファッション関係の若者が好んで着る、松田光広のブランド。
22 髪を四分六分に分けながら、サイドの髪を後ろへ流して、サイドから後ろへの髪の毛の流れを強調したヘヤ・スタイル。
23 earthy 本来は、「土のような」という意味ですが、「アーシー」というと、非常にコンクリート・ジャングルの中の土色というイメージになります。
24 長ぐつのことですよ、長ぐつ!! でも、レイン・ブーツって言うと、雨の日にもすごく陽気な気分になって、水たまりがあると“ビシャッ”なんてわざと入ってみて幼稚園気分にもどれるのです。
25 アトランタ出身のシンガー=ソングライター。
26 今日の1曲
I Go Crazy 「アイ・ゴー・クレイジー」/ Paul Davis
http://www.youtube.com/watch?v=Qe2VWCFAjoE
27 melancholy
28 gloomy
29 Salem アメリカのタバコでメンソールの味。ロング・サイズもあります。
30 ハッカ味。一時、メンソール・タバコを吸うと、インポテンツになるというウワサが流れました。でも、今のところ、メンソール公害の認定患者は一人もでていません。
31 ディスコの従業員やD・Jとして一年も勤めていると、耳が遠くなります。新しい公害病の一種でしょうか。

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